おおさとのねこのおんがえし
大郷の猫の恩返し
国内
未確認生物
- どんな話か
- 寺を去る覚悟をした玄契和尚が三毛猫に暇を告げたのち、木に吊り上がった娘の柩を猫の恩返しにより和尚が鎮めたという話。
- 細部
寛政年間(1789~1801)のころ、泉永寺の住職を務めていた玄契和尚は、深い学徳で知られる人物であったが、寺の暮らし向きは苦しく、寺を去る覚悟を固めていた。長年かわいがってきた三毛猫にも、我が子に言い聞かせるように暇を告げたという。一方、村の物持ちであった千田家には美知代という一人娘がおり、美知代は日頃から玄契和尚の学識を仰いでおり、三毛猫もこの娘によくなついていたという。
やがて美知代のもとに縁談が舞い込むが、これを嫌った美知代は結納を控えたある夜、みずから沼に身を投げてしまう。その数日後、娘の葬列が村ざかいに近い一本杉のあたりにさしかかると、なぜか柩は宙に浮き上がり、十数尺はあろうかという老杉のこずえに引っかかってしまったという。僧侶や修験者が代わる代わる修法を試みても一向に降りてこないため、玄契和尚が呼ばれることになる。和尚が数珠をもみながら経文を唱えると、柩は静かに梢から舞い降り、無事に弔いを済ませることができたという。
これは実のところ、暇を出されたはずの愛猫三毛による恩返しであったとされ、以後この寺と和尚は篤い尊信を集めるようになった。泉永寺には今も、玄契和尚が描いたという大涅槃像が伝わっている。
- 広まり方
- 1956年刊『宮城縣史 民俗3』妖怪変化・幽霊の事例篇に記録がある。
- 地域
- 宮城県大郷町
- 年代
- 江戸時代
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ