もりさだじろうのたたり
森定次郎の祟り
国内
呪物・呪い
- どんな話か
- 倉の脇の大石の下にあった武士森定次郎の墓が祟って病人を出したため掘り出して地主神とし、藁祠を石祠に改めた。
- 細部
- ある家で祀る地主神は、かつては藁で編んだ簡素な祠だったが、近年になって石造りの祠に建て替えられた。もとをたどると、この祠は倉のそばにある大きな石の下に埋もれていた墓に由来する。そこには森定次郎という名の武士が葬られていたのだという。家に病人が続いたため拝み手を招いて占ってもらったところ、この墓が祟りをなしているのだと告げられ、家の者は石を掘り起こして墓を表に出すことにした。取り出された神体は、五輪塔の欠けらとおぼしき石であったと伝えられている。
- 広まり方
- 1961年の『赤碕の民俗』(鳥取県東伯郡赤碕町、東京教育大学民俗学研究会編)所収「地主神と荒神」の項に記録がある。
- 地域
- 鳥取県琴浦町
- 年代
- 不明
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ