まつえじょうのひとばしらでんせつ
松江城の人柱伝説
国内
呪物・呪い
- どんな話か
- 松江城の天守台石垣が築城中に何度も崩れたため、盆踊りで見初めた娘を人柱として生き埋めにしたという伝説。城下では長らく盆踊りが避けられたと伝わる。
- 細部
- 城主・堀尾吉晴が石垣工事の難航を鎮めるため人柱を立てることを決め、盆踊りの輪の中で踊りの上手な美しい娘をさらって生きたまま人柱にしたという話が広く伝わる。石垣は無事完成し城も落成したが、その後城主の父子が相次いで急死して堀尾家は改易となり、後に入った京極家も断絶したため、人々は娘の祟りだと噂したとされる。天守が荒れていた頃にはすすり泣きが聞こえたとの言い伝えもあり、城下では長らく盆踊りが行われなかったという。虚無僧が身代わりを申し出た、あるいは美声の娘がさらわれたなど異伝も複数存在する。
- 広まり方
- 松江の郷土史や城郭解説書、観光案内で繰り返し紹介され、松江城下で長らく盆踊りが行われなかった風習の由来として語り継がれている。
- 地域
- 島根県松江市
- 年代
- 江戸時代初期(築城中、1607年~1611年頃)
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ