くろぎつね
黒狐
国内
未確認生物
- どんな話か
- 松前藩主が黒狐を撃たせた祟りで家臣が死に、別の黒狐を斬った祟りでも子が病んだという2つの言い伝え。
- 細部
松前家十三代の藩主道広公の治世、尻内山という山に黒狐が住んでいるとの噂が広まった。殿様は毛皮で裘を仕立てようと考え、家臣に狐を仕留めるよう申し付けた。ところがこれを撃ち果たそうとするたびに、辺り一面が闇に閉ざされてしまう。家臣の原谷伴蔵が「これは主君の命令である」と声を上げたところ闇は晴れ、ついに黒狐に命中させることができたという。しかし、その肉を口にした中津源兵衛という人物は、間もなく耳が聞こえなくなり、二、三年のうちに命を落としてしまった。
以降は夜な夜な狐の姿が現れ、皮を返してほしいと訴え続けたものの、殿様が応じることはなかったと伝えられている。もう一つ伝わる話では、殿様の行列の前を見知らぬ男が横切ったため、供の家臣がこの男を無礼打ちで斬り捨てたところ、正体は黒い狐であった。この家臣がその毛皮を剥いで自分の襟巻きに仕立てようと考えていたところ、家に帰ると我が子が急に病を得た。巫女を招いて口寄せをさせると、狐の恨みによる仕業だと分かった。驚いた家臣はその毛皮を丁重に祀って祠を設け、狐の毛皮を剥いだ短刀のほうは松前神社へ納めたと伝えられている。
- 広まり方
- 1931年の『旅と伝説』所収、深瀬春一「伝説の福山」に記録がある。
- 地域
- 北海道松前町
- 年代
- 江戸時代
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ