こい
鯉
国内
儀式・遊び
- どんな話か
- 高椅神社の氏子は鯉を神聖視して食べず、平安時代に大緋鯉が出た井戸の故事から鯉のぼりも飾らないという。
- 細部
- 高椅神社の氏子は、鯉を祭神の乗り馬とみなしているため、鯉を食べることも養殖することもしない。誤って川で鯉を捕まえてしまった場合には、すぐに放流して神に詫びるのだという。端午の節句であっても鯉のぼりを飾らず、鯉の絵が描かれた器具も使わない。この禁を破ると、病気になるなどの異変が必ずその家に降りかかるとされている。この禁忌の由来としては、長元元年に大風が吹いた際、庭にあった大榎が枯れたためそこに井戸を掘ったところ、清水とともに三尺あまりの大緋鯉が出てきたという話が伝わる。これを奇瑞として神主とともに京へ上ったところ、時の天皇から禁鯉宮の勅額を賜り、井戸を掘ることと鯉を食べ合わせることを禁じられた。後に生活の困難から禁制そのものは解かれたものの、氏子は今なお鯉を神聖なものとして扱い続けているという。
- 広まり方
- いずれも1940年の『民間伝承』所収、榎戸貞治郎「鯉食ハヌ部落」に記録されている。
- 地域
- 栃木県小山市
- 年代
- 平安時代
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ