きつね
狐
国内
未確認生物
- どんな話か
- 大足の稲荷社や並松の松並木、黒山などでキツネに化かされたという体験談を集めた五つの話。
- 細部
- かつて西浦・大谷・古場の浦々で漁業がにぎわっていた時代、漁師たちは大漁のたびに大足の堀田稲荷社へいわしなどのお供え物を持って参拝していた。ところが大門田に棲むキツネが、人を化かしてはこの供え物をまんまと取り上げてしまうことがあったという。ある古老が夕方、大足から原田へ帰る道すがら大門田の林を通りかかると、大きなお婆さんの姿をしたキツネが子どもを背負い、山のほうから近づいてきた。その道すがら「お父さんが迎えに来るでなぁ」と、背負った子に語りかけていたという。古老が「こんばんは」と声をかけると、キツネは軽くうなずいたという。原田北部の小松谷は、南側のため池付近にキツネ穴が数多くあったことから狐谷と呼ばれていた。ある人が夜中の一時ごろ、長坂という峠を越えて原田を目指して歩いていたところ、急にぞくぞくと寒気を覚えた。やがて浮御堂のある池のほとりに出ると、松の根元に美しい娘が立っている。「こんばんは」と声をかけても娘は無言のままで、一町ほど歩いてから振り返るとその姿はどこにもなかった。家に帰ってこのことを父親に話すと、寒気はしなかったかと尋ねられ、したと答えると、それはキツネに憑かれた証だと言われたという。富貴中学校前の松並木の道は並松と呼ばれ、ここには利口なキツネが棲んでいて通行人をよく化かした。市原へ通じる分かれ道のお地蔵さんに油揚げなどを供えておくと、化かされずに済んだという。ある人は婚礼の帰り道、突然目の前に塀が現れて行き止まりとなり、夜が明けるころになってようやく家にたどり着いた。女房に言われて風呂に入ろうとすると、それは風呂ではなく肥だめであり、翌朝人に見つけられて助け出されたという。黒山にも多くの狐が棲んでおり、人を化かすことで知られていた。ある日、薪を取って帰ろうとした三人の村人が坂で娘に出会った。道に迷ったという娘を哀れに思い荷車に乗せてやったところ、揺れに耐えきれなくなった娘はたちまち狐の正体を現した。村人たちがこれを許してやると、それ以後この地でキツネに化かされることはなくなったという。
- 広まり方
- 『みなみ』誌の武豊町誌編さん委員会編「大門田のキツネ」(1988年)、「狐谷」(1989年)、「並松のキツネ」(1996年)、「黒山のドンドン坂とキツネ」(2005年)に記録がある。
- 地域
- 愛知県武豊町
- 年代
- 不明
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ