きつね
狐
- どんな話か
- 人を迷わせ食べ物を奪い、憑いて病ませる一方、恩に報いて薬や富をもたらすとも語られた獣。
- 細部
この土地では狐にまつわる話が数多く語られてきた。稲荷の祭の晩に帰路をたどっていた者が化かされ、自分の家を通り過ぎて歩き続けたという。買い求めた魚を高く背負って用心しても、家に着けば跡形もなく消えていた。行商の豆腐屋は油揚をまとめて買う相手に出会って喜んだが、懐が軽くなって初めて欺かれたと悟った。仕事帰りの男は辻の外れで四方から水が噴き出して水位が上がるのを見たが、通りかかった者に助けられて、そこがただの田の中だと知った。
京から牛肉を提げて戻る途中に我が家の方角から火の手が上がって見え、駆けつければ火事ではなく肉だけが失われていたという話もある。ヤマサキぎつねの名で油揚や鰊を取られたとも、夜道の前方を白い火が飛び、目の前に土手があるように見えたとも、火の入っていない炭窯に炎が見えるのは狐が火を吹いているのだとも言われた。狐は害ばかりをなすわけではなく、善養寺の者は世話をした礼に薬の作り方を教わって評判を取り、狐みずから売り歩いたと伝える。
狐は難産なので夜に出産の話をしていると軽くする方法を聞き耳を立てており、そのお産を助けた産婆の家は栄えたともいう。一方で栗の実を狐の巣穴のそばで拾った男は憑かれ、餅や鰊を供えて詫びてようやく癒えた。狐を棒で突いた男は祟りで落命し、石を投げつけた老人は蚊帳の中で寝たはずが笠をかぶったまま物置の縁の下で目を覚ました。酒に酔って帰る途中、迎えに来た女房が化けものだと見破って蹴りつけると女は消え、化けていた獣が死んでいたが、狐ではなく狸だったかもしれないとも語られる。
栗拾いに出た二人連れの一方が、連れの顔を狐と言って斬りつけ、菅笠を切り裂かれた相手が顔に大怪我を負った出来事もあり、友人の顔が狐に見えて刃を向けたという話も別に伝わる。明治十年ごろに狐の死骸がしばしば見つかったのは、天皇の行幸をまねた咎で稲荷に叱られ、食を断たれた罰なのだとも説明された。
- 広まり方
- 1940年の『旅と伝説』に載る三田村耕治の狐の話と、1974年の『民俗採訪』に収められた滋賀県高島郡マキノ町の報告に多数の事例がある。
- 地域
- 滋賀県高島市
- 年代
- 不明
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ