きつねとりやざえもん
狐捕り弥左衛門
- どんな話か
- 狐捕りの名人弥左衛門が化けた老狐や白狐を次々退治する一方、笛の名人に恩を返す童子姿の狐の物語も伝わる。
- 細部
医師鈴木氏が語った話によると、仙台城下川内三十人町に勝又弥左衛門という足軽がいて、狐捕りの名人として知られていたという。天明の頃、榴ヶ岡東麓の東街道あたりに古狐が棲みつき、農家の鶏をさらったり旅人を誑かしたりしたため、検断所の命令で弥左衛門がこれを捕らえることになった。折しも亡父の喪中であったが藩命ゆえ支度をしていると、菩提寺の僧侶が訪ねてきて四十九日も明けぬうちの殺生を戒めたので、弥左衛門はいったん承知した。
しかしその僧にご馳走をふるまうと、普段とは違いやけに大食いであった。不審に思った弥左衛門が席を外して門脇の草むらに油鼠の罠を仕掛けておくと、僧を見送った直後にその罠へかかってしまったという。人を謀ろうとした狐が、かえって謀られた例である。同じ弥左衛門にまつわる話として、網地島長渡に流されていた鯰江六太夫のもとへ、笛の音を聴きに毎晩通っていた14、5歳の童子がいた。
ある夜、童子は「笛を聴くのも今夜限りです」と告げ、訳を尋ねられると、自分は千年の劫を経た狐であり、弥左衛門に狙われるともはや神通力を失い命がないのだと明かした。これまでの恩に報いようと、童子は六太夫の望みを聞いて源平合戦の様子をまざまざと見せてやり、国主が塩釜ノ崎・松ガ浜に出馬する日を教えて、その日に名笛「鬼一管」を吹けば必ず吉事があると言い残して消えたという。
果たして六太夫がそのとおりにすると、三十里も離れた国主のもとにまで笛の音が届き、感じ入った国主はほどなく六太夫を呼び戻したと伝わる。一方で、老狐が雲水に化けて弥左衛門に無益な殺生を戒めに来たときも、また別の折に明神のお告げを伝えに来たという白狐が現れたときも、いずれも弥左衛門の手にかかって命を落としたという。
- 広まり方
- 出典は『宮城縣史 民俗3』(1956年)の妖怪変化・幽霊「事例篇」に5話が収められている。
- 地域
- 宮城県仙台市
- 年代
- 江戸時代
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ