ぜいあんいなりのきつね
蛻庵稲荷の狐
国内
未確認生物
- どんな話か
- 武士に化けて仕官した狐が正体を暴かれ、討たれた後の疫病を祟りとして祀られた。
- 細部
- 一匹の狐が武士の姿となり蛻庵と名乗って諏訪侯に仕えたが、素性が知れて職を辞したという。その後は興禅寺に身を寄せて食客となっていたが、安国寺へ使いに出た折に打ち殺されてしまった。まもなく土地に疫病がはやり、これは狐の祟りだとされて、興禅寺に蛻庵稲荷として祀られることになった。福島近在では狐を使う家があるとも語られ、狐に取り殺された者は胸のあたりが黒ずむ、腹の子に憑けば死産となりその胸も黒いなどと言い伝えられていた。
- 広まり方
- 1931年の『郷土』所収、長田尚夫のくだの話と1934年の『信濃』所収、家高荒治郎の木曾樵談(一)による。
- 地域
- 長野県木曽町
- 年代
- 不明
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ