ひおきしのせんそうにじゅうぐんしたきつね
日置市の戦争に従軍した狐
国内
未確認生物
- どんな話か
- 西山家裏山の狐は日清日露戦争にも従軍したと語られ、昭和21年に痩せ衰えた最後の一匹が榎を切るなと言い残して姿を消した。
- 細部
西山家の裏山には古くから狐の巣があり、この一帯ではたびたび不思議な出来事が起きたと語られている。明治の半ば、安山家で飼っていた鶏がこの狐にさらわれた際、西山家の者が巣の前で鶏を返さねば狐狩りをすると脅したところ、翌朝になると、羽毛をすっかりむしられた状態の鶏が安山家から見て北東にあたるタブノキの枝に掛けられていたという。この裏山の狐は日清戦争にも日露戦争にも従軍したと伝えられ、部落から出征する者が出るたびに狐たちが集まって気勢を上げたともいう。
第二次世界大戦中には集会がとりわけ大がかりになり、提灯の行列が巣から薙野まで続いたと語られている。しかし昭和二十一年、毛が焼けただれ肉も落ちて骨と皮ばかりに痩せ衰えた最後の狐が現れ、榎を切るなと言い残した。次の瞬間には姿が消え、あとには榎の枝が風に揺れ、その葉に狐の毛だけが残っていたという。この榎のあたりは、以後もうれんと呼ばれる怪火がたびたび出る場所になったと伝えられる。
- 広まり方
- 1972年の『南九州郷土研究』掲載、安山登「安山怪談録」にまとめられている。
- 地域
- 鹿児島県日置市
- 年代
- 昭和
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ