きへえしょうやのたたり
喜兵衛庄屋の祟り
国内
呪物・呪い
- どんな話か
- 年貢減免を妨げた庄屋喜兵衛を農民が殺し、後の火事を祟りとして塚を弔うようになった話。
- 細部
- 天明年間のこと、喜兵衛という庄屋が年貢の減免を妨げたために、怒った農民たちに石をぶつけられて殺されてしまったという。時代が下って1960年ごろになると、野志集落で火事が立て続けに起こるようになり、これは喜兵衛庄屋の祟りに違いないということになった。以来、4月6日に行われる弥勒さんの祭りのついでに、和尚に喜兵衛庄屋の塚も拝んでもらうようになったと伝えられている。別の伝えでは、あまりに横暴だった喜兵衛を農民が山に生き埋めにしたともいい、また喜兵衛は庄屋ではなく、集落の金を使い込んだ流れ者だったとも語られている。
- 広まり方
- 1971年の『旧静波村の民俗―岐阜県恵那郡明智町旧静波村―』九「口承文芸」(東洋大学民俗研究会)に記録がある。
- 地域
- 岐阜県恵那市
- 年代
- 江戸時代
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ