かさねがふち
累ヶ淵
国内
呪物・呪い
- どんな話か
- 醜い容姿を理由に殺害された女性「累」の怨霊が、彼女を手にかけた男の家に後年生まれた娘に取り憑いて事件の真相を語らせたとされる、江戸初期の実話に基づく怪談。祐天上人が霊を鎮めた顛末が1690年刊行の記録に残る。
- 細部
- 正保4年(1647年)、下総国羽生村(現・茨城県常総市)で、容姿を理由に疎まれた累という女性が鬼怒川で殺害された。その後、累を手にかけた男は何度も後妻を迎えるが早死にが続き、寛文12年(1672年)、間に生まれた娘「菊」に累の怨霊が取り憑いて生前の非道を訴えたと伝わる。近隣の弘経寺にいた祐天上人がこの霊を成仏させ、続けてもう一人の子供の霊も除霊したとされる。この顛末は元禄3年(1690年)刊行の仮名草子『死霊解脱物語聞書』にまとめられ、後に三遊亭圓朝の落語『真景累ヶ淵』の題材にもなった。現地の法蔵寺には累の墓と祐天上人ゆかりの品が伝わっている。
- 広まり方
- 江戸期の仏教書としての刊行に始まり、歌舞伎・落語を通じて全国的な怪談として広まった。
- 地域
- 茨城県常総市(旧・羽生村)
- 年代
- 江戸時代
- 検証状況
- 創作起源が判明
特定の投稿・作品が起源だと判明している。 - タグ