さいきのやまとみずべをいくかっぱ
佐伯の山と水辺を行く河童
国内
未確認生物
- どんな話か
- 佐伯市の浦々には河童の話が数多く伝わり、呼び名や生態から相撲や悪戯の逸話まで多様な言い伝えが残る。
- 細部
佐伯市、とりわけ蒲江の浦々には河童にまつわる話が数多く伝わっている。呼び名だけでもセコ、ガッパ、ガアタロウ、カワンヒト、カワコ、カウソ、セコゴなど土地によっていくつも使い分けられていた。海や川に住むものを河童、山側にいるものをセコと区別する言い方もあり、春の彼岸から秋の彼岸までは水辺で過ごし、残りの半年は山へ移って、その行き来の途中に家先をギャーギャーと鳴きながら通り過ぎるのだという。
姿は人間よりずっと小さく、赤子から五、六歳くらいの子供ほどで、頭の皿に水を湛えているとされ、くちばしを持つとも語られる。宮野浦と色利浦をつなぐ川筋や、今では学校の敷地になった森、大願寺の本堂裏手、橋の欄干などが出没地として名指しされ、酒を飲んで夜道を帰ると河童に憑かれるとして戒められた。大正の末には、入院した子のために祝い膳を運ぶ父親が橋の上で灯りを消され、校庭いっぱいの河童に出くわしながらも悪態をついて進んだところ、届けた馳走の中身だけが空になっていたという話が残る。
ほかにも、海辺で河童の夫婦を見かけた仲間がその晩からうなされ、橋のたもとにお神酒を供えて治めた例、相撲を挑んでは「逆相撲をとろう」と応じられると逃げ出す例、仏を拝む人からは光る目を嫌って離れていく例、子供の尻からヘタを抜いて命を奪うと恐れられた例などが伝わる。夜更けに橋の手すりに座っていた河童が人の気配で川へ飛び込む姿も語られ、河童に悪さをされることを水神様のしわざとして語ることもあったという。
- 広まり方
- 1976年の『民俗採訪』所収、國學院大學民俗学研究会「大分県南海部郡米水津村」に多数の採集例が載る。1960年の『西郊民俗』所収、郷田洋文「東九州の行事伝承」補遺と、1986年の『大分県史 民俗篇』所収、小玉洋美「妖怪・霊異:水の怪」にも記録がある。
- 地域
- 大分県佐伯市
- 年代
- 不明
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ