いといがわのかっぱがのこしたしょうもん
糸魚川の河童が残した証文
国内
未確認生物
- どんな話か
- 腕をもぎ取られた河童が詫びに証文や魚を差し出す話が糸魚川に複数伝わり、金物を用いると縁が切れるという共通点がある。
- 細部
糸魚川には、腕をつかまえられた河童が詫びを入れるという話がいくつかの場所に伝わっている。仙納の川では、ある老人が河童の手をもぎ取ってしまったところ、河童は酒や魚を手土産に返してほしいと頼みに来た。老人は、人が捕った魚を横取りしないという条件を約束させたうえで手を返してやったという。青海川のほとりでは、清水弥五郎家の先祖にあたる老人が馬を洗っていた際に河童の腕を捕らえたことがあり、河童は両腕そろえば千人力だが片腕だけをつかまれるとすぐに抜けてしまうのだという。
その夜のうちに腕を取り返しに来た河童に、以後は青海の子供たちに悪さをしないという証文を書かせたところ、それ以来この地域で水死人は出ていない。翌朝からは垣根の木の股にこっそり魚が届けられるようになったが、その場所を鉄のかぎに変えると魚は来なくなり、河童は金物を嫌う竜宮の乙姫様の使いだからだとされる。のちに大凶作に見舞われた年も、弥五郎家だけは食べ物に困らず、これも河童からの恩返しだろうと噂された。
もうひとつ、権左衛門という人物が川原で新田を掘っていたところ、夕方に十二、三歳ほどの子供が現れて尻をつねるしぐさをしたため、その腕を捕まえたところ、腕だけが抜け落ちた。以後毎晩河童が腕を取り返しに来るため、土塩の子供には手を出さないと約束させて腕を返すと、お礼に毎晩魚が入口のミノ掛けに届くようになったが、気味悪く思って鉄の釘に替えたところ、それきり魚は届かなくなったという。
- 広まり方
- 1980年の『成城大学民俗調査報告書』所収の口承文芸、および1982年刊『新潟県史 資料編22 民俗1』所収、水沢謙一による第6編第2章第2節「7 河童」の記述に基づく。
- 地域
- 新潟県糸魚川市
- 年代
- 不明
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ