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噂の出所をたどる

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怪鳥のイメージ挿絵
この挿絵は当サイトが項目ごとに用意したイメージ画像です。写真や原典の図版ではありません。

かいちょう

怪鳥

国内 未確認生物
どんな話か
宮中に現れた正体不明の鳥をめぐる4つの話で、源頼政や隠岐広有による射殺は乱の前兆とされ、聖護院近くのうめき鳥は姿さえ見えなかったという。
細部
宮中や都に飛来した正体不明の鳥にまつわる話がいくつか記録されている。安永3年4月のある宵、御殿の屋根の上でにわかに牛車を引くような音が響き、女房や殿上人たちを恐れさせたが、乳母が様子をうかがうと瓦の上に鳩ほどの大きさの鳥がとまっているだけで、しばらくすると南の方角へ飛び去り、怪しい音もやんだという。享保11年には、聖護院の森のあたりでうめくような声で鳴く鳥が現れ、うめき鳥と呼ばれて恐れられたが、近所の者たちが森を探しても声だけが聞こえるばかりで姿を確かめることはできず、土地の古老の話では三百年ほど前にも同じ声が鳴いたことがあるといい、青みがかった鷺のような姿だと言い伝えられていた。さらに古くは仁平年間、内裏に怪鳥が舞い込んだのを源頼政が弓で射落としたことがあり、これは保元の乱の前触れだったのではないかとも語られる。時代が下り建武元年、後醍醐天皇の御代にも内裏へ怪鳥が入り込み、今度は隠岐広有がこれを射止めたが、その後まもなく世は南朝と北朝に分かれて争うことになったという。
広まり方
日本随筆大成第二期1974年収録、柳原紀光「閑窓自語」、続日本随筆大成別巻1982年収録、本島知辰「月堂見聞集(中)」、日本随筆大成第二期1975年収録、滝沢馬琴「燕石雑志」に記されている。
地域
京都府京都市
年代
不明
検証状況
伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。

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