かがのかみ
加賀守
国内
呪物・呪い
- どんな話か
- 津和野町の下瀬山城跡に残る下瀬加賀守の墓が壊された後、祭りを怠ったため霊が寂しがり、改めて供養したという。
- 細部
- 津和野町にあった下瀬山城の跡地には、かつて城主であった下瀬加賀守の墓があったが、心を病んだ人物によって壊されてしまった。地元では墓を建て直したものの、供養の祭りまでは行わなかったという。その後、三渡八幡宮の宮司がこの家を訪れ、祭りが行われないままなのを加賀守の霊が寂しく思っているようだと告げ、改めて祭りを行うよう勧めた。そこで集落総出で墓の手入れをする折に、菩提寺の住職と宮司にも来てもらい、正式に祭りを執り行ったと伝えられている。
- 広まり方
- 1982年刊『山陰民俗』に大庭良美が石見国鹿足郡日原の民俗として記録したもので、墓の荒廃と祭祀の中断をめぐる地域の実話として伝えられている。
- 地域
- 島根県津和野町
- 年代
- 不明
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ