じゃしん
蛇神
国内
未確認生物
- どんな話か
- 神流町では、文武天皇の代に神流川の蛇神を公卿満行が退治し、娘と結ばれて野栗権現の子孫を残したと伝わる。
- 細部
- 神流町に伝わる話。文武天皇の御代、神流川に棲む蛇神が人身御供を求めていたのだという。甘楽郡神保の権守の娘が人身御供に選ばれることとなり、その事情が天子にまで奏上された。これを受けて公卿の満行が東国へ下向し、法華八軸の秘法をもって蛇神を退治したと伝えられている。退治された蛇の体は8つに分けられ、それぞれを祀る八串堂が建てられた。満行はその後、権守の娘と結ばれ、娘は野栗権現として祀られるようになり、二人の間には75人もの御子が生まれたという。その第一女は、万場大寄の野栗大権現になったと伝えられている。
- 広まり方
- 1982年刊『群馬県史 資料編26 民俗2』第一編二五「その他の神:その他」(関口正巳・井田安雄)に記録されている。
- 地域
- 群馬県神流町
- 年代
- 飛鳥時代
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ