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噂の出所をたどる

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磯崎稲荷のイメージ挿絵
この挿絵は当サイトが項目ごとに用意したイメージ画像です。写真や原典の図版ではありません。

いそざきいなり

磯崎稲荷

国内 未確認生物
どんな話か
文禄の役で出陣した磯崎稲荷の眷属狐が淀君の侍女に取り憑いたところ、秀吉のお叱り状で退散し、侍女の病も治ったという伝説。
細部

文禄の朝鮮出兵(1592)に際して、磯崎の水主たちが伊達勢の水軍として高麗へ渡ることになったが、このとき磯崎稲荷もまた眷属の狐を引き連れて出陣したのだという。肥前の名護屋に陣を敷いていたあいだ、その眷属狐の一匹が淀君に仕える侍女に取り憑いてしまい、侍女は病に苦しむことになった。人々がこの狐を追い出そうとすると、狐は自分こそ奥州松島の磯崎明神に仕える眷属であるのだと居丈高に名乗りをあげたという。

これを聞いた太閤秀吉はたいそう怒り、狐をただちに退散させなければそのままにはしておかないという趣旨の叱責状を認め、稲荷太明神殿宛てに太閤秀吉の名で花押まで添えて送りつけた。すると狐はたちまち逃げ出し、侍女の病もすっかり治ったのだという。この秀吉直筆のお叱り状は、その後長きにわたって磯崎稲荷に伝えられていたと語り継がれている。

広まり方
1956年刊『宮城縣史 民俗3』伝説・祠堂の部に記録がある。
地域
宮城県松島町
年代
安土桃山時代
検証状況
伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。

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