くれしのやくしからおきのみやへはしるひのたま
呉市の薬師から沖の宮へ走る火の玉
国内
未確認生物
- どんな話か
- 明治30年頃の夏の雨夜、薬師のあたりから火の玉が三つ現れ、川筋を経て沖の宮で消えたという話。
- 細部
- 蒲刈島に伝わる話である。明治三十年ごろ、雨が細かく降り続く夏の夜のことであったという。薬師堂のあたりに火の玉が三つ現れ、地面すれすれを転がるようにして進み出した。火の玉はそのまま川筋をたどって海岸まで下り、沖の宮と呼ばれる社のところでふっと消えてしまったという。村人たちはこれを見て、薬師堂には明神もあわせて祀られていたことから、正体は明神様に違いないと語り合った。神仏が合祀された場所から光の玉が現れ、別の社で消えるという道筋そのものが、二つの信仰が結びついていたことを示す話として受け止められている。
- 広まり方
- 1982年の『広島民俗』所収、原田三代治「上蒲刈島宮盛の民俗(3)―『原田トシノ』ノート拾遺―」に記録されている。
- 地域
- 広島県呉市
- 年代
- 明治時代
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ