はったんぼうのうしのこくまいり
八反坊の丑の刻参り
国内
呪物・呪い
- どんな話か
- 広島県庄原市東城町粟田にある祠「八反坊」にまつわる伝説。江戸時代前期、貧しい農民の味方をしたために無実の罪を着せられ非業の死を遂げた郷人・八反坊の怨念にちなむ場所とされ、現在も丑の刻参りの跡や正体不明の異音が語られている。
- 細部
- 伝承によれば、八反坊は江戸時代前期に年貢の割り当てや徴収を担った郷人(こうじん)で、富農にいじめられる貧しい農民の側に立ったために庄屋に疎まれ、無実の罪を着せられて牢死(一説に餓死)したとされる。処刑前に、庄屋の屋敷が見える場所に葬ってほしい、末代まで祟ってやるという趣旨の言葉を残したと伝わり、実際にその後庄屋の家には不幸が続いて家系が絶えたという。祟りを恐れた人々が祠を建てて祀るようになり、現在も夜間に藁人形を用いた丑の刻参りとおぼしき跡や、説明のつかない物音、藁人形の目撃談が語られる一方、近年では大願成就の神として地元で大切にされてもいる。
- 広まり方
- 江戸時代からの地元の口伝として伝わり、近年は実話怪談本『広島怪談』(竹書房刊)への収録を通じても広まっている。
- 地域
- 広島県庄原市(八反坊)
- 年代
- 江戸時代前期
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ