はしらまつり
柱祭り
国内
儀式・遊び
- どんな話か
- 味方に誤って射殺された修験者の怨霊を鎮めるため、里人が始めたと伝わる祭り。
- 細部
- 五反田の城主に仕えた金剛院という修験者は、長崎を廻国している最中に主家が合戦に及んだと聞き、急ぎ城へ戻った。ところが城内の者が敵と取り違えて矢を射掛け、彼はそこで命を落とす。城は結局落ち、金剛院は怨霊となって人々を苦しめるようになった。里の者はこれを恐れ、その霊を慰めるための祭りを営むようになったという。これが柱祭りの起こりだと語られ、御霊信仰が行事の由来譚として結び付いた例である。
- 広まり方
- 1984年刊の『愛媛県史』第九章第三節、森正史「盆行事」に記録がある。
- 地域
- 愛媛県八幡浜市
- 年代
- 不明
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ