だいどうやしき
大同屋敷
国内
未確認生物
- どんな話か
- 坂上田村麻呂が玉浦を荒らす大蟹の大群を火攻めと熱湯で退治し、観音堂を建てさせたことにちなむ地名伝説。
- 細部
- 坂上田村麻呂が蝦夷を平定し、京へ戻る道中のことである。玉浦の原野には何万匹ともいう大蟹の群れが棲みつき、人々に害をなしていた。田村麻呂は軍兵に命じて原の片側を囲い込ませ、火を放って蟹たちを追い立て、逃げ惑うところへ熱湯を浴びせかけて一気に退治してしまったという。この功をたたえて東衛なる人物に観音堂を建立させ、軍旗には観音の像を描かせて授けたと伝えられる。かつて大蟹の倉と呼ばれていたこの地の名は、のちに岡二ノ倉へと変わっていった。
- 広まり方
- 1956年刊『宮城縣史 民俗3』伝説・屋敷・城館の部に記録がある。
- 地域
- 宮城県岩沼市
- 年代
- 平安時代
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ