ばじょうかきざきじんじゃ
馬上蛎崎神社
国内
未確認生物
- どんな話か
- 伊達政宗の愛馬五島黒が留守を命じられた夜に崖から身を投げて死に、その律義さを哀れんで祀られた神社という。
- 細部
- 後藤孫兵衛信康が伊達政宗に献上した五島黒という名馬があった。大阪冬の陣に出陣する際、五島黒はすでに老いていたため留守番をするよう言い聞かされたが、その夜のうちに本丸の崖まで駆け出していき、そのまま落ちて命を落としてしまったという。役に立てないくらいなら死んだほうがましだという、その健気な心根を哀れんだ政宗は、落ちた場所に手厚く葬ってやった。のちに祠が建てられて五島墓さんと呼ばれるようになり、子供の馬脾風(ばひふ)という病を治してくれるという信仰も生まれた。明治のはじめに片平丁へ移された。
- 広まり方
- 『宮城縣史 民俗3』(1956年)の伝説・祠堂の部に記録されている。
- 地域
- 宮城県仙台市
- 年代
- 江戸時代
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ