やおびくに、やおひめ
八百比丘尼
国内
人型の怪異
- どんな話か
- さいたま市各地に伝わる八百比丘尼伝説。若狭の尼が諸国を巡り木を植え社寺を修造したとされ、大宮町の松や日進村の槻、西区の榎などにその跡が語られる。
- 細部
文武天皇の御代、秦の通鴻という人物が、友人に誘われて出向いた海辺で、気づくと御殿を思わせる場所に立っていたという。そこで振る舞われたご馳走をふところに忍ばせて持ち帰ったところ、口にした娘は年をとらなくなり、やがて尼になった。娘は諸国を巡り歩いて神仏を拝み、寺社の修造や架橋、井戸掘り、植樹などを行ったことから「若狭の白比丘尼」と敬われ、八百年の齢を重ねたことにちなんで八百比丘尼と呼ばれるようになった。
大宮町には八尾姫が植えたという松の跡が、日進村櫛引には2本の槻の木の跡が伝わり、近くの塚には比丘尼が四天王を祀ったとされて祟りを恐れ誰も手を付けない。水判土の慈願寺には尼の守り仏という黄金の寿地蔵が、西区の慈眼寺には尼が植えたという榎の伐株と「八百比丘尼大化元年」と刻まれた地蔵の石櫃が伝わっている。
- 広まり方
- 1930年刊行『旅と伝説』所収、北沢怡佐雄「八百比丘尼の話」、日本随筆大成第二期(1975年)所収の菊岡沾凉『諸国里人談』、新編埼玉県史 別編2(民俗2)(1986年)第十二章第二節、根津富夫の記録などによる。
- 地域
- 埼玉県さいたま市
- 年代
- 古代
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ