とがめづか
咎塚
国内
人型の怪異
- どんな話か
- 無実の罪で自刃した城主夫妻の霊が塚に現れて海をにらみ、藩の船を転覆させたため、海の見えぬ場所へ塚を移したという。
- 細部
- 清武城主だった稲津掃部助重政は身に覚えのない罪をきせられ、飫肥藩勢に攻められて自ら命を絶った。妻の雪江もその場所に赴き、夫の後を追って果てたという。二人はそばの寺が背負う山へ葬られたが、のちにその一帯が処刑場として使われはじめたことから、いつしか咎塚の名で呼ばれるようになった。すると夜ごとに夫妻とおぼしき影が塚から現れて沖のほうをじっと見やり、そのたびに飫肥藩の船が沈められるという怪異が続いたと伝わる。困り果てた人々は塚を山の中腹へ移し、海が目に入らない向きに建て直したところ、以後は何も起こらなくなったという。
- 広まり方
- 1992年刊行『宮崎県史 資料編 民俗2』所収、矢口裕康による清武町の民話記録に載っている。
- 地域
- 宮崎県宮崎市
- 年代
- 不明
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ