てんぐのひじゅつ
天狗の秘術
国内
人型の怪異
- どんな話か
- 貧しい家に生まれた理八が天狗の宮で剣を磨き続けた末、天狗から飛行の術を授けられ名剣士となったという。
- 細部
立石屋敷の佐藤松吉の子である理八は武芸を好んだが、家が貧しかったため館矢間村の豪家へ奉公に上がる一方、夜には同村で剣術を指南する高木与惣兵衛のもとへ通い詰めた。三年学んで二十歳の頃には並ぶ者がいなくなったが、師は奥許しの目録だけはついに与えなかった。貧しさゆえかと僻んだ理八だったが、思い直して自分の未熟さを悟り、それからは毎晩万騎の峰の中腹、天狗の宮と呼ばれる場所へ独りで通い、剣の工夫を重ねるようになった。
そこは古くから天狗が棲むといわれる地で、山犬が道に横たわっていたり、美しい女や生首が突然現れたりと恐ろしい出来事が続いたが、理八は猿や木立、巨岩を相手に稽古をやめなかった。百七晩目の丑の刻、ついに天狗が姿を現して理八をつかみ、谷を隔てた角力場へ投げ飛ばしては投げ返すことを繰り返し、その間に空を飛ぶ術を授けたという。理八はのちにこの地に天狗を祀り、村に道場を構えた。
人々を驚かせた逸話も多く、たとえば四、五里も離れた隣村へほんのわずかな時間で行き来したという話や、他の流派から挑んできた江戸の武芸者を角田の大沼まで連れて行き、水面の上を平然と歩いてみせて相手を仰天させたという話が知られている。この評判は仙台藩主の耳にも届き、養賢堂の大道場で御前試合を行った末、飛剣の名を賜ったという。
- 広まり方
- 1956年刊『宮城縣史 民俗3』の妖怪変化・幽霊の事例篇に記録がある。
- 地域
- 宮城県丸森町
- 年代
- 江戸時代
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ