たてやまじごく
立山地獄
国内
場所・異界
- どんな話か
- 硫黄の噴気が立ち込める立山の谷が仏教の地獄そのものと信じられてきた、古くからの霊山信仰にもとづく伝説。
- 細部
- 立山は古来「立山信仰」の対象とされ、罪を犯した者は死後この山の地獄に堕ちるという観念が広まった。平安末期の説話集『今昔物語集』には、立山地獄に堕ちた父の声を聞いた息子が供養を行う話など、立山と地獄を結びつける説話が収められている。地獄谷周辺は、みくりが池が「血の池」、剱岳が「針山地獄」に見立てられ、江戸時代には地獄・極楽の様子を描いた「立山曼荼羅」という絵図が布教に使われた。立山は女人禁制でもあり、女性の救済を目的とした「布橋灌頂会」という儀式が芦峅寺で営まれていた。
- 広まり方
- 立山信仰を広める御師によって立山曼荼羅の絵解きが各地の家々にまで伝えられ、現在は立山博物館などで学術的に解説されている。
- 地域
- 富山県中新川郡立山町・地獄谷
- 年代
- 平安時代末期
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ