たいらのまさかどのくびづか
平将門の首塚
国内
場所・異界
- どんな話か
- 平安時代の武将・平将門の首を祀るとされる東京・大手町の塚。関東大震災後や戦後の区画整理で取り壊しの動きが出るたびに関係者の不幸や事故が語られ、「祟り」を恐れて再開発の中でも保護され続けている。
- 細部
- 大手町一丁目の一等地にありながら、周辺の高層ビル群の中で塚の区画だけが今もくぼんだ空き地として残されている。関東大震災後の大蔵省仮庁舎建設の際に塚を取り壊す動きがあり、その後大蔵大臣や工事関係者に死亡が相次いだとして「将門の祟り」と噂されるようになった(実際にはこれらの死亡は工事から数年がかりで起きており、噂ほど直後に集中してはいないと指摘する資料もある)。戦後もGHQによる区画整理計画の際に工事用ブルドーザーが横転して運転手が死亡する事故が起き、地元住民の陳情もあって取り壊しは中止された。以後、塚は大手町の企業らでつくる保存会によって維持管理され、近年の再開発でも敷地内に残されている。
- 広まり方
- 週刊誌・テレビの怪談企画や経済紙の再開発報道を通じて繰り返し取り上げられ、日本の「祟り」伝説の代表例として知られている。
- 地域
- 東京都千代田区大手町
- 年代
- 大正時代~現代
- 検証状況
- 口承で流布
口伝えや報道で広まり、明確な起源が特定されていない。 - タグ