すいろがいらないた
水路が要らない田
国内
場所・異界
- どんな話か
- 日照りで水路を作っていた村人のうち、旅の者に弁当を分けた川原の人だけが恵まれ、今も水路なしで田に水が届くという。
- 細部
- 国東町に伝わる話である。ひどい日照りに見舞われ、田に水を引くための「いぜ」と呼ばれる水路をあちこちの村人が総出で普請していたところ、みすぼらしい身なりの旅人が通りかかり、食べ物を分けてほしいと頼んできた。田深や吉木の人々はこれを冷たく断ったが、川原の人々だけは持っていた弁当を惜しみなく分け与えたという。旅人は礼として「川原には水路を作らずとも田へ水が行き渡るようになるだろう」と言い残して立ち去った。その言葉どおり、川原の田には今でも苦労なく水が流れ込み、水路を設ける必要がないのだと伝えられている。
- 広まり方
- 1986年の『大分県史 民俗篇』第五章、若杉昌昭による弘法大師伝説の項に記録がある。
- 地域
- 大分県国東市
- 年代
- 不明
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ