しょうぐんづか
将軍塚
国内
場所・異界
- どんな話か
- 桓武天皇が平安京鎮護のため東山に埋めたという将軍塚は、国難のたびに鳴動すると伝わり、保元の乱や秀吉の死の前にも音を立てたという。
- 細部
- 甲冑姿にしつらえ弓矢を持たせた、身の丈およそ240センチもある土製の人形を、東山の地中に頭を西へ向けて埋納し、都を守る鎮めとしたのが将軍塚の起こりとされる。桓武天皇が平安京へ都を移した折、群臣や学者たちに都が末永く安泰であるための方策を諮った末の措置だったという。以来、この塚は都に大事が迫ると地鳴りとともに揺れ動くとされ、保元元年には世が乱れる予兆として、治承年間には平清盛による福原遷都の前触れとして、室町時代の明応2年や享禄3年には足利将軍にまつわる出来事の前に、そして慶長3年には豊臣秀吉の死去に際して、それぞれ鳴動したと書き残されている。享保15年の頃にも、東山の将軍塚が一晩に二度ほど鳴り続けるという噂が広まり、賀茂川のほとりに住む者は家全体を揺さぶられているようだったと語ったという。
- 広まり方
- 日本随筆大成第一期1975年収録、谷川士清「鋸屑譚」、日本随筆大成第三期1977年収録、含弘堂偶斎「百草露」、続日本随筆大成別巻1982年収録、本島知辰「月堂見聞集(下)」など複数の文献に記録がある。
- 地域
- 京都府京都市
- 年代
- 不明
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ