さるはしでんせつ
猿橋伝説
国内
場所・異界
- どんな話か
- 深い渓谷を渡れず困っていた技術者が、猿たちが体をつなげて対岸へ渡る姿を見て橋の構造を思いついたという、日本三奇橋の一つの由来伝説。
- 細部
- 百済から渡来したという造園博士・志羅呼が、猿の群れが互いに体を支え合いながら崖から崖へ渡っていく様子をヒントに、橋脚を使わず両岸から張り出した「はね木」で橋を支える構造を考案したと伝わる。この伝説にちなみ「猿橋」と名付けられたとされ、文明19年(1487年)に聖護院門跡道興が記した紀行文『廻国雑記』にも、その由来や橋を詠んだ和歌・漢詩が記録されている。
- 広まり方
- 日本三奇橋の一つとして観光地化され、地元自治体や観光協会の案内、郷土史サイトなどで橋の由来譚として広く紹介されている。
- 地域
- 山梨県大月市(猿橋・桂川)
- 年代
- 飛鳥時代(伝承では推古天皇の頃、文献初出は1487年)
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ