おすがさま
お菅さま
国内
人型の怪異
- どんな話か
- 夫を慕い自害したお菅さまは、蚕に葉を与えた縁から養蚕の神として祀られるようになった。
- 細部
郡山市湖南町に伝わるお菅さまは、蝦夷平定に出た将軍の妻であったという。夫から便りが届いたのを機にその後を追ってきたが、ついに会うことがかなわず、池に身を投げて自ら命を絶ったと伝えられる。お菅さまは三人姉妹の末娘であったといい、幼い頃に山へ遊びに出た折、蚕の幼虫に葉を与えたところうまそうに食べる様子を見て「ねえさん食うわ」と口にしたことから、その葉が「クワ(桑)」と呼ばれるようになったのだという。
嫁いでからも蚕を飼って着物を織っていたことから、後に養蚕の上手な神様として祀られるようになった。別の伝えでは、将軍の妻が上方から青森あたりまで夫を追って旅する途中で病に伏し、三代の地で世を去った。夫が帰路にその場所を通りかかると、女は高井原山の霧となって正体を現したため、哀れに思った夫がその場に祀っていったともいう。もとの名は「お杉」であったが、いつしか「お菅さま」と呼ばれるようになったと伝えられる。
- 広まり方
- 1970年の『猪苗代湖南の民俗:福島県郡山市湖南町三代』所収、東京女子大学史学科郷土調査団の口承文芸(伝説)の記録による。
- 地域
- 福島県郡山市
- 年代
- 不明
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ