おおずじょうのひとばしらでんせつ
大洲城の人柱伝説
国内
人型の怪異
- どんな話か
- 大洲城の石垣工事が難航した際、くじで選ばれた若い女性「おひじ」が人柱として生き埋めにされ、その名が城下を流れる川の名の由来になったという伝説。
- 細部
- 文禄4年(1595年)に藤堂高虎が大洲城を近世城郭として整備した際、川に面した高石垣の工事が難航し、人柱を立てることになったとされる。くじによって選ばれた若い女性「おひじ」は生きたまま埋められて人柱となり、その後工事は無事完成したという。おひじの最期の願いにより、城下を流れる川は「比志川」、転じて現在の「肱川」と呼ばれるようになり、大洲城も一時「比志城」と呼ばれたと伝えられている。
- 広まり方
- 大洲城および肱川の名の由来譚として地元で語り継がれてきた。
- 地域
- 愛媛県大洲市
- 年代
- 安土桃山時代~江戸時代初期
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ