しものせきのとんできたおにのくび
下関の飛んできた鬼の首
国内
場所・異界
- どんな話か
- 下関市各地に伝わる鬼の話。首が空を飛んだ、鬼退治で鬼ヶ城の名がついた、異国から鬼が渡来したなど多様に語られる。
- 細部
下関市には鬼にまつわる話がいくつも伝わっている。豊田町では、どこからともなく鬼の首が飛んできたためこれを埋めたという素朴な話が残る。豊浦町に伝わる話では、源頼光による酒呑童子退治の折、その配下だった霞隠鬼だけが西国方面へ落ち延び、白橘山に居ついたとされる。里の人々を苦しめるこの鬼を、郡司を務めていた平貞衡が成敗し、討ち取った首を鉄串に刺して見せしめにしたことから、後にこの山は鬼ヶ城と呼ばれるようになったという。
同じ豊浦町にはこんな話もある。夫の留守中、若い男が毎晩妻のもとへ忍んで通っていた。戻った夫がこれを聞いて弓で射ると、男は手負いのまま姿を消し、翌朝残された血痕をたどると鬼ヶ城のふもとで息絶えていたという。この者を埋葬した後も村に災いが続いたため、牛鬼神と名を与えて祀ったところ、ようやく祟りは収まったと伝えられる。さらに蓋井島には、新羅(一説には大唐)からこの国をうかがっていた鬼たちを神宮皇后が毒酒でもてなして討ち果たしたところ、そのうち三体は蓋井の森のそばで、残る一体は高野の森で息絶えたという伝承がある。島にはもともと山の神を祀る森が四つあり、これらの鬼の魂が祟りをなして島の人々を苦しめたことから、神として祀るようになったのだという。
- 広まり方
- 1975年の『民俗採訪』、1992年の『近畿民俗』所収 宮本正章「長門の鬼伝説」、2002年の『山口県史資料編民俗1民俗誌再考』所収 日野巌・湯川洋司の各報告に記録がある。
- 地域
- 山口県下関市
- 年代
- 不明
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ