にじゅうろくせいじん
二十六聖人
国内
人型の怪異
- どんな話か
- 元和元年に処刑された26人の切支丹のうち、伴天連と童子ひとりずつの遺骸だけが時おり消えては現れたという。
- 細部
- 元和元年、京阪神地方から連行された切支丹二十六人が長崎で処刑され、その亡骸は見せしめとして磔柱に数十日間掲げられたと伝わる。二十六人のうち伴天連ひとりと童子ひとりの遺骸だけは、他の骸と違って姿を現したり消えたりを繰り返したという。姿が見えなくなっている間、この伴天連は近くの南蛮寺でミサを執り行っており、童子はその席に給仕として付き従っていたのだと語られている。
- 広まり方
- 1928年の『旅と伝説』に掲載された早川孝太郎「切支丹風の伝説」に記録がある。
- 地域
- 長崎県長崎市
- 年代
- 江戸時代
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ