しこくちゅうおうしのおおうちをまつるしちにんづか
四国中央市の大内を祀る七人塚
国内
場所・異界
- どんな話か
- 斬られた開拓者を祀る塚とされ、殺された落人の従者七人の話も併せ伝えられる。
- 細部
- 上猿田を切り開いたのは大内次郎左ェ門で、後から高橋兵庫守の子孫が移り住んだ。高橋は正月ごとに大内へ挨拶に出向かねばならず、それを快く思わないまま、ある年に名剣紫丸で大内を斬った。勢い余って茶釜まで断ち割ったが、それまで紫丸を抜くたび柄から大百足が出入りしていた怪異は、この後やんだという。この大内を祀ったのが七人塚だとされる。別に、平家の落人山城太夫が財宝を村人七人に隠させ、秘密が漏れるのを恐れて七人を殺したという話も伝わり、うるし千貫、朱千貫、南の青木の下という埋蔵の歌が残る。
- 広まり方
- 1963年の『あゆみ―富郷の民俗―』所収、森正史「富郷民俗抄―その特色の二・三について―」に二例が記録されている。
- 地域
- 愛媛県四国中央市
- 年代
- 不明
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ