なかのびょういんあと
中野病院跡
国内
場所・異界
- どんな話か
- 1993年に閉鎖された旧結核療養所の跡地で、地下室に臓器入りのバケツが並んでいた等の噂が語られたが、実は解剖後の遺体処理を報じた新聞記事が変質したものと分析されている。
- 細部
- 1920年に東京市療養所として開設された結核病棟を前身とし、1993年に国立国際医療センターへ機能統合されて廃墟となった。地下室に無数のバケツと臓器が並んでいた、血まみれの白衣の医師が襲ってくる、木陰に立つ女性が「来るな」と合図するといった噂が1990年代の心霊スポットブームの中で広まった。怪談研究家の吉田悠軌氏は、1987年の朝日新聞記事が報じた「解剖後の遺体縫合を出入りの葬儀社任せにしていた」という実際の医療慣行が、伝聞を重ねるうちに「ホルマリン漬け」の都市伝説へ変質した可能性を指摘しているが、噂を裏付ける写真などの証拠は見つかっていない。
- 広まり方
- 1990年代の心霊スポットブームで肝試し目的の来訪者が急増し、後年はオカルトメディアで怪談の生成過程を分析する事例としても紹介されている。
- 地域
- 東京都中野区江古田の森公園(旧中野療養所跡地)
- 年代
- 1987年-1990年代
- 検証状況
- 創作起源が判明
特定の投稿・作品が起源だと判明している。 - タグ