もにわのやけうす
茂庭の焼け臼
国内
人型の怪異
- どんな話か
- 戦に敗れ逃げる伊達政宗を茂庭家が大臼の下に匿い、後に客分として迎えられた由来譚。
- 細部
- 福島市飯坂町の茂庭家に伝わる話によれば、あるとき伊達政宗が戦に敗れて逃亡する途中、茂庭家の当主に助けを求めてきたという。当時茂庭家ではちょうど大きな臼を作っている最中だったため、その臼の下に政宗をかくまった。追っ手が押し寄せて臼に火を放ったため、臼の外側は焼けてしまったが、中に隠れていた政宗は無事だったという。この由来からこの臼は茂庭の焼け臼と呼ばれるようになった。命を救われた政宗は、自分が城を築いた暁には必ずこの臼を持って訪ねてくるようにと書きものを与えたといい、実際に茂庭家の者が訪ねると、命の恩人として客分に迎え入れられたと伝えられている。
- 広まり方
- 1985年の『民俗採訪』福島県福島市飯坂町茂庭調査(国学院大学民俗学研究会)に記録がある。
- 地域
- 福島県福島市
- 年代
- 戦国時代
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ