くまのじんじゃ
熊野神社
国内
人型の怪異
- どんな話か
- 紀州熊野への年参りができなくなった名取の巫女が保安4年に三社を勧請し、のちに山伏との文のやり取りで感涙したという由来。
- 細部
平安時代の末、仙台と名取の境にあたる前田に一人の巫女が住んでおり、毎年紀州の熊野まで参詣を続けていたが、老いて長旅に耐えられなくなってしまった。そこで保安四年(1123年)、名取川を熊野の音無川に見立て、川岸に新宮証誠殿を、その西に本宮を、高館山に那智権現をそれぞれ勧請し、熊野三所権現と称したのだという。この巫女は老いてのちに名取老女と呼ばれるようになった。
あるとき、熊野の修験者が陸奥へ下って証誠殿に参籠していると、枕もとに一人の子供が現れ、陸奥には名取老女という者がいるが久しく便りがない、これを渡してほしいと言い残して消えてしまった。その場に残されていたナギの葉には、道のりは遠く年月とともに我が身も老いてしまった、私を思い出してほしい、こちらも忘れはしないという趣旨の三十一文字がしたためられていた。修験者が陸奥に下ってこれを老女に伝えると、老女は感激のあまり涙を流し、みずから三社を案内してまわったのだという。
- 広まり方
- 『宮城縣史 民俗3』(1956年)の伝説・祠堂の部に記録されている。
- 地域
- 宮城県名取市
- 年代
- 平安時代
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ