きぬかけやしき
衣懸屋敷
国内
場所・異界
- どんな話か
- 助左衛門の飼馬が池を渡る俊足を見込まれて源頼朝に献上され、佐々木高綱の宇治川先陣の愛馬となったという屋敷名の由来譚。
- 細部
助左衛門という者が飼っていた馬は、いつも寝てばかりで役に立たないため、いったん堤に捨てられてしまった。ところがこの馬は堤の池を、まるで平地を駆けるかのように渡ってみせたので、助左衛門は驚いて再び飼うことにしたという。この評判を耳にした源頼朝の舎人が千貫文でこの馬を買い取り、頼朝はさらにこの馬を佐々木高綱へ譲り渡したという。宇治川の合戦で真っ先に渡河したと伝わる名馬・生月(池月とも)こそ、この馬だとされている。
馬が鎌倉へ上るときに馬衣を懸けたことから、この地は衣懸屋敷と呼ばれるようになった。この馬は鴇毛、すなわち赤みに白みを帯びた毛色をしていたため、以後助左衛門の家では代々鴇毛の馬を飼い続けたという。
- 広まり方
- 1956年刊『宮城縣史 民俗3』伝説・屋敷・城館の部に記録がある。
- 地域
- 宮城県大崎市
- 年代
- 平安時代
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ