いわとさんこうぐう
岩戸三光宮
国内
人型の怪異
- どんな話か
- 源義経の家臣常陸坊海尊が不老不死の仙人清悦となり、岩窟にこもって以来、村人の眼病や中風を治す霊験を示したという。
- 細部
常陸坊海尊は、かつて平泉にいたころ衣川の上流である老翁の家に泊まり、赤魚といううまい魚をふるまわれたことをきっかけに不老不死の仙人となったという。伊達政宗に岩出山城へ招かれて藤原秀衡の昔語りをし、養老の田を与えようという申し出も断って、その後の行方は誰も知らなかった。のちに清悦仙人と名乗るようになり、いくつもの話が伝わっている。天和の頃(1681~84年)、岩切に住む正直者の久作という男が眼を患い失明しかけていたとき、山中で出会った白髪の翁に治してもらったことがあった。
2度目に会って名を尋ねると、翁は「九郎判官義経公の家来、常陸坊海尊、今は清悦という。常に日月星を念じているので、これよりここを岩戸三光宮と呼ぶがよい」と答えて岩窟へ入っていったという。また、岩切の親孝行な樵が母の中気(中風)を治したいと願っていたところ、山中で清悦仙人に出会い、食事に桑の箸を使うようにと教えられ、そのとおりにすると母の中気が治ったとも伝わる。なお定義如来は平貞能、青麻神社は常陸坊海尊をそれぞれ開祖とするため、同じ年のうちに両方へ参詣すると御利益がないともいわれている。
- 広まり方
- 出典は『宮城縣史 民俗3』(1956年)の伝説「祠堂の部」に3話が収められている。
- 地域
- 宮城県仙台市
- 年代
- 江戸時代
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ