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噂の出所をたどる

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本所七不思議のイメージ挿絵
この挿絵は当サイトが項目ごとに用意したイメージ画像です。写真や原典の図版ではありません。

ほんじょななふしぎ

本所七不思議

国内 場所・異界
どんな話か
江戸時代の本所(現・東京都墨田区)に伝わる怪異を集めた七不思議の総称。「置いてけ堀」「片葉の葦」など九話ほどが知られ、語り手や時代によって顔ぶれが入れ替わる。
細部

本所七不思議は、江戸時代ごろから本所(現在の東京都墨田区)に伝わる奇談・怪談の総称で、江戸の典型的な都市伝説の一つに数えられる。「七不思議」と呼ばれながら、語り手や時代によって顔ぶれが入れ替わるため実際には八話以上が知られており、置行堀(置いてけ堀)、送り提灯、送り拍子木、燈無蕎麦(別名「消えずの行灯」)、足洗邸、片葉の葦、落葉なき椎、狸囃子(別名「馬鹿囃子」)、津軽の太鼓の九話がよく挙げられる。

置行堀は、堀でよく釣れた魚を持って帰ろうとすると水中から「置いていけ」という声がし、逃げ帰って魚籠を覗くと一匹も残っていないという話で、「置いてけぼり」の語源とされる。魚籠を捨てて逃げる型、水から伸びた手に仲間が引き込まれる型、声を無視して金縛りに遭う型など派生が多い。

送り提灯は、提灯を持たずに夜道を行く者の前に灯りが現れ、近づくと消え、また灯るのを繰り返して決して追いつけないというもので、灯りを拍子木に置き換えた送り拍子木では、割下水で「火の用心」と打って夜回りすると打ち終えたはずの音が同じ調子で返り、振り向いても誰もいないという。

燈無蕎麦は南割下水付近に出た二八蕎麦の屋台の話で、いつ行っても主人が現れず店先の行灯も消えたままで、うかつに火を入れると家に帰ってから不幸が起こるとされ、逆に油が尽きずに燃え続ける「消えずの行灯」として語られることもある。

足洗邸は本所三笠町(現・墨田区亀沢)の旗本屋敷の話で、夜ごと天井を破って剛毛に覆われた巨大な足が下り、「足を洗え」という声が響く。洗ってやれば天井裏へ引っ込むが、洗わずにいると足の主が怒って家中の天井を踏み抜いて暴れたという。

片葉の葦は、言い寄る留蔵という男に片手片足を切り落とされて堀へ沈められたお駒という娘の話で、以来その堀端の葦は片側にしか葉をつけなくなったと伝わる。落葉なき椎は平戸新田藩松浦家の上屋敷にあった椎の銘木で、一枚も葉を落とさないため家中が気味悪がり、屋敷を使わなくなったという。

狸囃子は深夜にどこからともなく笛や太鼓の囃子が聞こえ、音の方へ歩くほど遠ざかって主が分からず、追ううちに夜が明けると見たこともない場所に立っているというもので、平戸藩主の松浦清も人に音の出所を探させたが割下水のあたりで消えたと伝わる。津軽の太鼓は、弘前藩津軽越中守の屋敷の火の見櫓に、本来の板木ではなく太鼓が吊るされていたという話で、怪異としての起伏が小さいため七不思議から外されることもある。

正体をめぐっては河童説と狸説が根強く、燈無蕎麦や足洗邸を狸の仕業として描いた絵双紙もある。一方で、水産学者の末広恭雄は置行堀の声を淡水魚ギバチが体表のとげで立てる音、魚が消えるのは野良猫の仕業と説明しており、送り拍子木は静まり返った町なかの反響にすぎないとの指摘や、狸囃子は小梅・寺島あたりの祭囃子の稽古が風に乗って重なったものとする見方もある。

顔ぶれは記録によっても入れ替わる。山中共古の「七不思議の話」(1916年、『郷土研究』)と磯貝宗楽の「各地の七不思議(上)」(1920年、『郷土趣味』)では、拍子木を打つと祟りがあるため打たないという入江町の時なし、横網の片葉の蘆、灯りの消えない割下水の蕎麦屋、竪川の送り提灯、梅村邸の井戸、御竹蔵の足洗屋敷などが挙がり、異説として姿の見えない駕籠かきの声や落葉しない榧も伝わる。

広まり方
江戸期から落語や講談の題材として親しまれ、三代歌川国輝の錦絵『本所七不思議之内』をはじめとする浮世絵にも描かれた。近代以降も怪談集や随筆に繰り返し採られ、横山泰子「近現代に生きる本所七不思議」(2006年)のような研究の対象にもなっている。現在も大横川親水公園の壁面レリーフ、錦糸堀公園の河童像、墨田区横網の史跡案内板といった形で土地に残る。江戸の七不思議には、ほかに千住・馬喰町・深川・番町・麻布などがある。大正期以降は『郷土研究』(1916年)や『郷土趣味』(1920年)にも採録されたが、両者で挙がる七項目には異同がある。
地域
東京都墨田区
年代
江戸時代
検証状況
伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。

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