ひめゆりのとう
ひめゆりの塔
国内
場所・異界
- どんな話か
- 沖縄戦で看護要員として動員された学徒と負傷兵が命を落とした沖縄陸軍病院壕の跡地が、慰霊の場であると同時に不可解な体調不良や物音を聞いたという体験談が語られる場所にもなっている。
- 細部
- 1945年、沖縄師範学校女子部などの生徒で編成されたひめゆり学徒隊は沖縄陸軍病院で看護要員として従軍し、6月の解散命令後の混乱の中で多数が死亡した。その最後の拠点の一つとされる伊原第三外科壕(ひめゆりの塔が立つ場所)は戦没者を悼む平和祈念の場である一方、訪れた人が原因不明の体調不良を訴えたり物音や声のようなものを聞いたと語ったりする体験談が、心霊スポット紹介の文脈でも繰り返し紹介されている。史実としての戦争の記憶が色濃い場所であり、追悼の対象への配慮を踏まえた紹介が求められる。
- 広まり方
- 沖縄戦跡めぐりや心霊スポット紹介サイトを通じて県内外に語り継がれている。
- 地域
- 沖縄県糸満市(伊原第三外科壕)
- 年代
- 1945年(太平洋戦争末期)
- 検証状況
- 口承で流布
口伝えや報道で広まり、明確な起源が特定されていない。 - タグ