ひだりじんごろう
左甚五郎
国内
人型の怪異
- どんな話か
- 祭りに間に合わせるため藁人形に息を吹き込んで働かせ、三日三晩で観音堂を建てたという左甚五郎の話。
- 細部
- 名工として知られる左甚五郎が観音堂の再建を頼まれたとき、祭りの日取りがすでに目前に迫っていた。そこで甚五郎は村人たちに大量の藁人形を作らせ、それぞれに息を吹きかけて命を宿らせると、人形たちを働き手として使い、わずか三日三晩のうちに観音堂を建て上げてしまったという。完成したのがちょうど夜明け前であったことから、この観音は赤野、あきのと読む観音と呼ばれるようになったと伝えられている。
- 広まり方
- 1983年の『日本民俗学』誌、神野善治「建築儀礼と人形」に記録されている。
- 地域
- 静岡県沼津市
- 年代
- 不明
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ