みょうえんに
妙円尼
国内
人型の怪異
- どんな話か
- 村境で死んだ遍路を葬った側だけが疫病を免れたとされ、霊験を得て講が結ばれた話。
- 細部
- 中野町に伝わる話で、東方と恵原の境目で妙円尼という遍路が息絶えた。恵原の側は関わりを避けようと、夜のうちに遺骸を東方の側へ移してしまい、東方の人々がこれを葬った。のちに疫病が広まったとき、恵原では病が猛威をふるったのに対し、東方には被害が出なかった。人々はこれを、遍路を弔った功徳が返ってきたものだと解した。以来この墓には霊験があるとされ、遠方からも参る者が絶えず、妙円講という信仰の集まりまで結ばれるに至った。
- 広まり方
- 1984年刊の『愛媛県史』第五章第五節、森正史による村人と遍路の記述に基づく。
- 地域
- 愛媛県松山市
- 年代
- 不明
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ