ぎょうにんづか
行人塚
国内
人型の怪異
- どんな話か
- 洪水を鎮めるため生き埋めになった行人と、猟の誤射で祟った行人という、同名の塚に伝わる二つの話を伝える。
- 細部
行人塚と呼ばれる塚にまつわる話は複数伝わっている。ひとつは、広瀬川がまだ深沼で海に注いでいたころの話で、川筋が定まらず水害に苦しめられていた住民の前に一人の行人が現れ、土の中で二十一日のあいだ鈴を鳴らし続けたなら川の流れは定まり水害もやむだろうと言い残して自ら生き埋めになったという。住民が塚に節を抜いた竹を挿して毎日耳をすませていると、鈴の音は二十一日目にぴたりと止み、その後は川が名取川に合流して水害も収まった。
もうひとつは、五代藩主伊達吉村が中山へ狩りに出かけた際の話で、鳥滝で修行していた宗海という行人の姿を遠目に見て家来に尋ねると垢離取りだと答えたので、吉村は鳥と思い込んで撃ち殺してしまう。この一件で吉村は祟りに苦しめられ、近習の矢野右近が身代わりとなって命を落としたと伝えられている。
- 広まり方
- 『宮城縣史 民俗3』(1956年)の伝説・塚の部に、由来の異なる二つの行人塚の話として記録されている。
- 地域
- 宮城県仙台市
- 年代
- 不明
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ