きたきゅうしゅうしのたかのしんばつ
北九州市の鷹の神罰
国内
場所・異界
- どんな話か
- 細川忠興が祠の鷹に両目を蹴られ、牛頭天王の神罰と恐れて社を建て祭礼を行うと目が治ったという。
- 細部
小倉北区にある八坂神社の祭礼が始まった経緯を伝える話である。この地の領主だった細川忠興が鷹狩りの途中、不動山で一休みしたことがあった。そこには小さな石の祠が祀られていたが、忠興が手にしていた杖でその扉を開けてしまったところ、中から神通力を持つ一羽の鷹が飛び出し、忠興の両目を蹴りつけていったという。ひどい痛みに見舞われた忠興はただちに屋敷へ引き返して手当てを受けたものの、目の具合はよくならなかった。
これは牛頭天王による罰に違いないと恐れをなした忠興は、新たに社を建てて祭礼を執り行い、神楽や湯立ての神事を通じて祈願したところ、まず右の目だけが快復した。それでも残るもう一方の目は治らなかったため、さらに神前に能を奉納して祈りを重ねたところ、ついに両目とも元どおりに治ったと伝わっている。
- 広まり方
- 1935年の雑誌『旅と伝説』に掲載された須田元一郎「九州北部の伝説玩具」に記録がある。
- 地域
- 福岡県北九州市
- 年代
- 江戸時代
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ