ごりんざわちょうじゃ
五輪沢長者
国内
場所・異界
- どんな話か
- 韮神山で討死した照井太郎高直の妻子は落ちのびて造り酒屋となり、五輪塔が五つに増えたことが五輪沢の名の由来になったという。
- 細部
金成に伝わる話では、韮神山の戦いで討死した照井太郎高直の妻子が、そこから落ちのびて造り酒屋を営むようになったのだという。妻は夫の菩提を弔うために五輪塔を一基立て、跡を継いだ子の太郎は商いに成功して長者と呼ばれるまでになった。母の死後にも五輪塔が立てられ、さらに先祖供養のために三基が加えられて全部で五つになったことから、この土地は五輪沢と呼ばれるようになったという。
この長者には多くの子があったが、いずれも13歳になると命を落としてしまうという因縁があった。そこである年、一人の子をあえて13の春に亡くなったことにして弔いを済ませたうえで、実際には黒石にある正法寺へひそかに預け、翌年になってから引き取ったところ、この子は長く生き延びて家を大いに繁盛させたのだという。引導を渡す弔いの儀式をおこなった場所は、生導沢と呼ばれて伝わっている。
- 広まり方
- 1956年刊『宮城縣史 民俗3』伝説・屋敷・城館の部に記録がある。
- 地域
- 宮城県栗原市
- 年代
- 不明
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ