えんまどうよこちょうのかい
閻魔堂横丁の怪
国内
人型の怪異
- どんな話か
- 明治の道路工事で埋め立てられた沼の跡に現れた白装束の女の霊をめぐり、遊女の無念を伝える二つの噂話。
- 細部
明治の中ごろ、このあたり一帯の道路工事で古い沼が埋め立てられた。工事が終わって間もない夕暮れどき、その道を歩いていた者が、髪を振り乱し白い死装束をまとった女が何かを訴えたそうにしているのを見たという。昔、塩竈明神で火災があった際、御釜のひとつがこの池に飛び込んで埋まり、塩竈信仰の篤かった門前町の遊女もこの火事で焼け死んで、その魂が釜に取りついたままここに埋もれたのだといい、目撃された女はその幽霊ではないかと噂された。
一方で、これは塩竈の遊女ではなく、かつて弓ノ町が遊女町であったころに無残な死に方をした女の霊で、その墓石が道路工事によって古池のそばに埋もれてしまったために恨んで現れたのだという話も流れていた。円福寺の近くに住む丹野某という請負師がこの噂を聞き、古池の跡を掘らせてみると、それらしい墓石が出てきたため、手厚く弔うとその後は幽霊が現れなくなったともいう。また別の言い伝えでは、石名坂下・船町のあたりに遊女屋が栄えていたころ、石名という遊女が己の罪障を消すためにと、死後は自分の墓石を橋の一部にして通行人に踏んでもらうよう遺言したが、その願いは果たされなかった。
倒れたままになっていたその墓石を、近所に住む請負師が見るに見かねて円福寺へと運び移してやったものの、石橋にしてもらえなかったことを恨んだものか、遊女の霊は毎晩のように請負師の妻の夢枕に立ち、願いがかなうまで悩ませ続けたという。その石碑がその後どうなったのかは分かっていない。
- 広まり方
- 『宮城縣史 民俗3』(1956年)の妖怪変化・幽霊の事例篇に、由来の異なる二つの噂として記録されている。
- 地域
- 宮城県仙台市
- 年代
- 明治時代
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ