だいもんぼうとうこういん
大門坊東光院
国内
場所・異界
- どんな話か
- 白河創建の本山派修験の寺で、三世安珍は道成寺で清姫に追われて命を落とし、祐慶は安達ヶ原の鬼女を調伏したと伝わる。
- 細部
大門坊東光院は本山派修験道に属する寺で、平安時代に白河の地で開かれ、のちに仙台へ移って大先達を務める格式ある寺院となった。藩政時代には清水小路五橋の西南の角に屋敷を構えていたという。三世にあたる安珍は延長六年(928)八月、二十七歳のときに紀州の道成寺へ修行に出向いたが、真奈古の庄司の娘である清姫に見初められてしまう。日高川を渡って逃れようとしたものの、清姫は大蛇の姿と化して追いすがり、道成寺の鐘の中に身を隠した安珍もついに取り殺されてしまったという。
この出来事以来、東光院では代々二十七歳での修行を禁じるようになったと伝えられる。また祐慶の代には、熊野にまで至って那智山で一千日にわたる捨身の行を修めたのち、安達ヶ原の黒塚に住みついていた鬼女を調伏したとも語られている。その子孫は今も金津の地に残り、鬼女の頭蓋骨と伝えられるものを寺宝として蔵しているという。
- 広まり方
- 1956年刊『宮城縣史 民俗3』の伝説:祠堂の部に記録がある。
- 地域
- 宮城県角田市
- 年代
- 平安時代
- 検証状況
- 伝承由来
近代以前の民間伝承が下敷きになっている。 - タグ